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伝統というもの 文化というもの 

便利さにかまけて文明の先端を行くのは良いが、伝統的な文化にはそれなりに重さがある。

ボクが千年都に住んでいるからそのように思うのだろうか。

いや、それをはっきりと意識したのは読谷村を訪れてからかもしれない。

ずっとおかしいと思っていたものが読谷村で触れた伝統の文化によってはっきりと意識できたのだろう。



温故知新という言葉があり、もちろん新しいテクノロジーを利用し追い求めることには賛成している。

ただ単にボクは「まったく最近の若いモンは・・」などというつもりでいうのでは無い。

文化というものは受け継がれて熟成するのである。だれが1代で友禅を完成させたというのか。

何世代にもわたる改良の果てに今のカタチがあって、文化となり残っているのであって、それよりも便利なモノを使用することには一切問題は無いが、かといってそれらの文化そのものを捨ててしまおうという考えにはまったく同意しかねる。


郷土に残る唄も、音楽も、舞踊も、工芸品も、すべて淘汰の結果残されたものであり、それらに対するあらゆる種類の便利な代用品を生み出すテクノロジーもまた、大切な産業であり、未来の文化である。

自然に淘汰されてゆくのであれば文句もない。

優れているのかそうでないのか、それだけでは判断の基準が間違っているとは思わないのだろうか。

だったら、国民の休日もなくせば良い。

正月も休まず働けばよいだろう。

ちゃんと土日に休んでいるのだから、祝日などいらぬであろう。あらゆる記念日も働けばよい。

季節を刻む美しい暦も捨てるが良かろう。

朝起きて愛する人に出会っても挨拶の言葉など無駄な言葉は必要ない。

必要な伝達事項のみ、メールで送っておけば良いのではないか。


音楽などもってのほかであろう。何を生み出すというのか。黙って働いていれば良いのである。

あなたの好きな「効率化」が図れるであろう?

とどのつまり、年賀状をやめてしまおうとか、(筆不精なためその件は人のことは言えんのだが。)

仮想空間でバーチャル墓参りとか、もうそんなことはおかしいやろと言いたいのである。



便利なモノは便利に使えば良いし、捨てたいものは勝手に捨てればよいが、(実際ボクも捨てたものはあるし)それを自慢げにさも「自分はテクノロジーの寵児」とか「オレって最先端」とか言いながら音楽やってるやつを見るとこいつの音楽はなんだと問いたくなる。

正直ボク自身テクノロジーは好きで、いろんなデジモノにも興味があるが、それを持つことにより伝統を捨てようとは思わない。

伝統は、自分以外の誰かが守っているのではなく、この国にすむ自分を含めた国民それぞれがそれぞれのスタンスで守っているのである。

べつにウチは正月に門松を出すわけでもないし、普段から着物で暮らしているわけでもない(それは呉服屋の息子だから可能ではあるが・・)

時代に合わずやむにやむなしで淘汰されてゆくのと、尻軽に捨てて踊るのとはわけが違うことを言いたいのである。

年賀状にしても出したくない相手にまで出しているのは紙の無駄使いである。それはメールでよかろう。

心底出したいと思ったヒトには年賀状は出す。それで良いではないか。

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category: 書き物

thread: 音楽

janre: 音楽

Posted on 2012/05/20 Sun. 22:23  edit  |  tb: --  cm: -- 

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