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疲れた時代 

----時代が求める音というものがあるのではないか。







ボクがそう思ったのは、1,2年前のことである。

それまではマイケル・ブレッカーが至上のアイドルで、ひたすらエレクトリックに埋もれないテナーを追求していた。

テナーだけではない。サキソフォンすべてにおいて、シンセサイザーやエレキベースの音に埋もれないための工夫に終始してきたと思う。



ところが、あるとき自分の音に疲れてきたと感じる瞬間が増えてきた。

フルートの世界でもそのような現象は起こっているらしい。

よりエンハンスドな、より遠くまで抜ける音を追求し、素材にさまざまな貴金属が用いられた。

銀から金へ。金からプラチナへ。

しかしもっともその音源に近いところにいる奏者自身はそれを本当に求めていたのだろうか。

そこに疑問を抱く奏者が現れ始めたという。

実際に、金属製ではないフルートが徐々に人気を上げてきているそうだ。




僕のサキソフォンのセッティングはいずれも管体はラッカードであるものの、そのネックにいろいろな工夫を凝らしてきた。マウスピースもまた然りである。


そこから方向転換しようというのだ。並大抵の努力ではない。


平常値よりプラスされた状態から落としていくのは勇気がいることだ。

より大きな音。より強い音から、温かみのある優しい音へ。


鉄筋のビルから、木造の家に。

造られた風ではなく、自然が与えてくれる安らぎに満ちたやさしい風。

より自然な素材。

より温かみのある素材。




しばらく前のボクはYAMAHAがソリッドシルバーのネックを出さないことに苛立ちを覚えていた。

だが今は違う。

木製のネックに木製のマウスピース、木製のリガチャー。

サキソフォンは昔も今も木管楽器である。



たしかに時代はいっとき、よりエキサイティングな方向へ進化した。

しかし、いまはそうではない。

時代は疲れている。

疲れた時代に求められる音があるはずだ。


われわれ音楽家にはその生きた時代の要求を満たすための努力が必要だと思っている。

無論、何時の時代も変わらぬ音楽を提供することにも意義はあろう。

だが、自身の要求を裏切ってまでやることではないのではないか。

なによりボク自身が現代という時代のめまぐるしさに疲れてきているのだろう。
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category: 書き物

thread: 音楽

janre: 音楽

Posted on 2012/05/19 Sat. 01:40  edit  |  tb: --  cm: -- 

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