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贋作 

とある大学教授が、絵を名画そっくりに描いた。
それが世に出て、贋作だと叩かれた。
その教授は謝罪し、騒ぎは収束した。

この3行の顛末を読んでどう思われるだろうか。
名画に感銘を受け、自分もそのように書きたいと願い、憧れ、訓練し、
そっくりに描くことに罪があるのだろうか。


師のたまわく、これを排除してはならない。
この力こそが、文明を築いてきた力であるという。

アメリカ合衆国の都市を見るがよい。
NEW~で始まる都市の如何に多いことか。
新天地を求めながらも懐かしき故郷を真似てみたのだ。

藝術家はまず真似なければならない。

謝罪した教授には哲学が足りなかった。
彼は信念なく「ただ真似てみた」から謝ったのである。

師はプラトンのイデア論まで持ち出され、私に諭された。
「この世の物質すべては唯一のものである。同じ人などいない。
 どのように真似てみても必ず違うものが出来上がる。
 恐れず、堂々と誰かを真似ればよい。」

つまりそれが、15年前の問いに対する答えであると説かれた。
「優秀な機械ではなく、なぜ不完全な人間が演奏をするのか。」

この答えは、演奏でいただいた。
ライブのはじめはコルトレーンが居た。
中ほどには、ベンウェブスターが居た。
最後にはグッドマンが居た。
しかし、どの演奏にも師の息遣いが宿っている。

誰の様でもあり、誰の様でもない。
不完全な師匠の、不完全な演奏がある。
その音が他の誰に出せようか。

最後に師は得意げに言った。
俺が死んだら、楽器や財産は残していかなくちゃいけないが、
(だから自分の録音物に興味がない、とも。)
この音楽はあの世に持っていけるんだぜ、と。

いつの日のことになるか、
もう誰にも再現できない、師匠だけの音楽。
それをさらに胸を張って真似る僕が居るのだろう。
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category: 書き物

thread: LIVE、イベント

janre: 音楽

Posted on 2012/01/23 Mon. 01:45  edit  |  tb: --  cm: -- 

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