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正確性を追求するは確かなる不正確さのため 

皆様はお稽古事としてサクソフォーンを始められて以来、できうる限り正確に演奏出来ることを目標としてこられたかも知れません。

かくいうわたしのところでもこの正確性というものは非常に大切に致します。

しかして、その目的はなんでしょうか。

「音楽は時間の芸術」であるから正確でなければならないのでしょうか。

わたしのところではそのような幼稚な考えを持ち臨むことはございません。

例えばリズム。
例えば音程。
例えば連符の均等性。

最終的にはこれらすべてにおいて、「いかにして」、「いかほど」、「いかなる目的をもって」、「いかように」狂わせるのかを哲学を持って実践します。

わかりやすい例を挙げることに致しましょう。※あくまで一例です!

歌謡曲の多くには「始まりの一句」と「結びの一句」があり、おおくの場合ブレイクします。
このような場合、譜面にはスラーが書かれていたとしても心持ちマルカート気味に、タイムはほんの少し遅めに、ひとつひとつの音節を強調し吹く事が多いです。
(もちろん曲によります)

またロングトーンで伸びやかに聴かせる場合、コードによっては少しだけピッチを高めに取り浮かせる事があります。

このピッチの描くカーヴもまた、はっきりとした意志によって決定します。

何度目かのリフレインに入った場合、それが大サビと呼ばれるものの前だったりすると、ほんの少しだけ抑えて吹きます。

これらの「狂い」は計算されたものであり、完全なコントロール下で行うことを前提とします。

「自在に狂わせる」ためには何が必要でしょうか。
それは「狂っていない」状態の定義ではないでしょうか。

「狂っていない」演奏をできないものがどうして「自在に狂わせた」音楽を提供できるでしょうか。

正確性を追求することは特にレベルの高い要求とは考えておりません。なぜならば「正確」であればそれで良いのです。
なんとわかりやすい事でしょう。

真に難しいのはそのあとなのです。
正確に吹くことくらいは訓練次第で誰でも出来ることなのです。
あなたにしかできない「狂い」を、より説得力の高いものに磨きあげるのです。

つまり「正確性を追求するは確かなる不正確さのため」なのです。
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Posted on 2015/12/08 Tue. 01:03  edit  |  tb: --  cm: -- 

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