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黒田家秘話 

黒田家秘話

黒田家の血筋は呉服・着物の関係の仕事をする家であるー

そう信じて子供の頃を過ごしてきた。
実父が呉服の職人であり、親戚一同揃って、西陣織、友禅などの伝統産業に従事していたため、そう思ったのも無理からぬことであろう。

もっと小さな頃は、どこのお父さんも着物を作ったり反物を染めたりしているのだと思っていた。

父方の祖父は早くに亡くなっており、ずいぶん若い遺影だけを知っている。
聞けば、交通局に勤めていたそうで、酒好きが高じて若死にしたという。

なので、先祖から職人をしていたわけではないと、気がついたのは少し大きくなってから。
そこまでは平穏であった。


ところが亡き祖父の何回忌かの法要で、老いたご住職が聞いたのだ。
「○○さんは、お元気ですかな?」

一同、知らぬ名前である。
呆けがはじまり、他所の檀家と間違ったのであろうと思った矢先、これまた今は亡き祖母が答える。

「はい、元気にしております」

今度は一同、耳を疑った。
誰も知らぬ名と思っていたらまさかの祖母が知っているというのである。

法要を終え、祖母の家に帰宅してから皆が尋ねる。
「あれは誰の名であるか」と。

重そうな口を開いて祖母が答えた。

「あんたらのおじいさんはな……」

その後の祖母の話に一同は仰天した。

わたしの曽祖父は祇園で端唄の師匠をしていたそうである。
端唄というのは、中世にあった長唄の後継だそうだ。

当世の幕府より度重ねて倹約令というものが出され、
贅沢であるとのことで長唄が禁止になったことがあるそうだ。

そのときに「短ければ問題なかろう」との由で始まったのが端唄。
文字通り唄の端なのであるという。

端唄の師匠などという職業がどういう類の物か、いまとなっては知る由も無いが鍛冶屋の息子は鍛冶屋になるのが当然の世であったろうと考えると、黒田家はいつの頃からか知らぬがずっとそういった稼業を営んできたのではないかと思っている。

三味線を抱いて世の風流を歌う芸である端唄を教わりに来るのは、デビュー前の芸妓舞妓であり、当然若い娘さんである。

そのうちの一人に産ませたのが早くに亡くなった祖父であるというのである。

黒田家には正妻との間に男子が他にもいたが、曽祖父は産まれた子をたいそう可愛がり本家の子として迎え入れたという。

やがてその子が成長して我が祖父となったということであった。

いまよりも若干おおらかな時代の話であるからなかなかピンとはこないが、なるほどさもありなんと思うこともあり、また少々呆けてしまった祖母の話でもあるし、今を生きる我々にはあまり関係のないことであるからして、事の真偽を確かめたことはない。

今となっては親戚のものもそれ以上知ろうと思うことも無かったため、オバァの世迷いごとかなにかであろうと、聞かなかったことになっている。

唯一真実を知る祖母もそれからすぐに呆けが始まり、数年のうちに入定する。

この告白があったとき、わたし自身はすでに音楽の道に進んでおりあるいは多くのご同輩たちが経験したように親兄弟からまともな職に就け、この道楽者がと罵りを受けていた最中であったが告白の後で祖母が、
「あるいはこの子(雅之)が音楽の道に入ったのは黒田家の血かも知れん。」と言ったのが、わたしの聞いた頭のはっきりした祖母の最後の言葉である。


昨今流行の福岡や姫路の殿様の血ではないことだけは確かなようだ。
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Posted on 2014/06/05 Thu. 23:59  edit  |  tb: --  cm: -- 

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